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小橋家がミシンの供出よりも自分の身だしなみを優先させるのも当然。
なぜなら小橋家からは誰も戦地に行っていないのだから他人事なのだ。
深刻な金属不足、飛行機も木製の時代、もし自分の家族が戦地に行っていたなら、少しでも力になれるように足りないと言われれば生死に関わらないミシンは差し出すだろう。
だが小橋家の家族は誰も戦地に行っていないので戦地で生死をかけて戦う兵士の戦いを思いやり生死を少しでも有利にする事より自分のささやかな日常を愉しむ事の方が大事なのだ。
実際のモデルの方も利益目的でミシンは供出していない。
家族が誰も戦地にいないのだから金属供出しても家族の得にならないからだ。明確だ。
そしてそのミシンで戦後大儲けするのでしょう。
おはぎもミシンもめでたく回収されたようですね。
ゾっとするような人間味のなさを露呈して無事回収。
下手なホラーよりずっと怖い。
親友の夫が戦地にいても、例えば星野が戦地に召集されても、その生死より自分達のささやかな日常を優先するだろう。当然だ。それがザ・小橋家。
高畑さんはもっと上手い女優だと思っている。
戦争中の必死な時期なのに何だか演技がおかしいと思う。気のせいか・・また前半にあったように、納得がいくものが出来ていないのではないかと、感じてしまう。これは但の感想だが。
今金スマ観ているけど戦時中の心持ちってこうなるでしょうと思わせる。
とと姉ちゃんからは全く感じられない。爪の垢煎じて飲むべきだ。
>運良く栞かわりの砂糖の配給表をネコババして
この様な場面はありませんが。
ありもしないことで批判するのはいかがなものでしょうか。
返却された本の間に栞代わりに使われた砂糖の配給票がそのまま挟んであり、
幸運にもそれをいただいて家に持ち帰り、おはぎを作るのでは?
というコメントが有り、その後でおはぎの件はそれで回収と続いていますが。
きちんとコメントの流れを読まずに批判するのはいかがなものでしょうか。
鞠子が自分たちの身だしなみを整えるためにミシンが必要だと組長に問いましたが、ありゃ方便だ。うまく誤魔化せたと思いました。
この朝ドラ見ていて鞠子が本気で組長に言ったと思っている人がいるのですかね?鞠子は組長をはやく帰らせるためにわざと嘘を言ったんだよ。
元々ありもしない場面やありもしない設定をねつ造しないと正当化できないおはぎ作りエピソード、その翌日のこんなものしかないの発言。こんな場面はないと言ったらもう庇い様がありませんね。
細かい事では無く、全てが安く冗漫に流れるのが嫌です。
あくまでも、私の感想ですが。
確かに鞠子は戦地で金属が足りず無防備な状態で死に体で戦わざるを得ない兵士の生死よりも、組長を言いくるめて早く帰らせる事が最優先の女だよね。小橋家の女性はそうでなきゃ。皆きっとそこは理解しているよ。
「とと姉ちゃん」での小橋家は、戦火に喘ぐ人々から見ればかなり恵まれた位置にあり、
戦争を他人事のように俯瞰し、のんきに構え、物資がない中で優雅に工夫を凝らしたいのだけれどなかなかそれができない、というもどかしさが描かれています。
この戦争時代の緊張感の無い生活を小橋家三姉妹がのちのち、雑誌のテーマとしていくのでしょうか。
それはできれば容赦していただきたいところです。
組長さんの厳しい振る舞いは戦地へ行った息子の安否を気遣うことの裏返しで完全な悪役とは言いがたいものです。
ミシンのくだりは、鞠子がただ一家の財産を守ろうと職務に忠実な組長さんを口八丁手八丁で追い返し、戦地に家族がいない小橋家が家族とその財産(たとえ役に立たないものでも)のみを守ればよい、近所の人々と協力して一緒にこの大変な時代を乗り切ろうなどとは露ほども考えていない、すなわち自分たちさえよければよい、と考えていることを浮き彫りにしました。
嫌な予感がして戦争の話は正直視聴しがたいと思っていましたが思った通りで、のちのち人々のために創意工夫をこらす提案する雑誌を創刊することに結びつきそうな描写に乏しく、
ただただ幼児をしつけるような幼稚な家訓を頑なに守ろうとする小橋家一族には、はなはだ魅力がなく、日々失望を感じさせられるばかりです。
戦後、心を入れ替え猛省し、もっと人並みに近所の人々と協力して手に手を携えて生活するべきだった、
今からでも何か人の役に立てぬだろうか、という後悔と反省の念が雑誌創刊の原動力とならなければ、その雑誌はなんら人々の心に響くものとはならないでしょう。
幸せを分かちあう。周囲と協力する。他人を思いやろう。みんな平等に。
戦後、私たちはそう教育を受けてきました。
脚本家の配慮に欠けた執筆姿勢によって生み出された、
人の優しさと愛が全く伝わってこないこの物語を、はなはだ遺憾に思います。
金スマ観ているっていう人、脚本家石井ふくこは戦争を描きたくないと言っているよ。
この朝ドラも石井ふくこと同じように、戦争の真実をドラマですべて描ききれなくてただの嘘と視聴者に思われたくないから、あえて血生臭い画を避けているのですよ。この脚本家と石井ふくこは作風がよく似ていて同じだね(笑)
そろそろ、おはぎはお茶の間で食べましょう。
血なまぐさい描写を避けるのと、軽い扱いで描写するのは別物。
とと姉ちゃん心情さえも軽い。
石井さんも言っていましたが「こんな物じゃない。」
まりこの思いっきり小説が書きたいって、、、?
常にメモを取ったりする仕草も無いのに?
書きたい気持ちを綺麗に消し去っていてお見事。
ええ? 志田未来ちゃん、あれだけ?
一級の役者のむだづかい、というのにももう飽きた。
しかしまあ、ミッチーにしろ、ぐっさんにしろ、未来ちゃんもそうだが、すぐさまデリートされる方が、変なイメージを付着させられるよりずっとましかもしれない。
そういう点では、助かったとも言える。
そう考えるととても気の毒だったのは、ひどくやせて見る者に心配されながら妙な常子アゲをやった次の瞬間に消された斉藤さんと、「ギャー」と耳障りな恫喝のヒス声を張り上げて全女性に憎まれながら退場させられた田口さん。
それから、我妻さん。なにせ、信じてくれていた主人公を裏切って心の傷を負わせ泣かせて逃げた人間、このお花畑ドラマの中では最低レベルの人間とされ、回収もなしに消去された。
彼らは不快なイメージや余韻を見る者に残したまま退場を命じられた。
このドラマ、いろんなところでいろんな種類の格差を感じるのだけど、ここにもまた、脚本家のキャスト=役者にかける愛情にも、ものすごい格差・落差を感じる(なにか、花アンがデジャブする)。
もちろん、ヒエラルキーの頂点は、常子と小橋一家。
つーかよりにもよって3月におはぎってさー。
春彼岸は牡丹餅って事も知らんのか。
3月におはぎってありますが、空襲のさなか、お誕生日会をして少しでも日常を取り戻そうと努力する小橋家に共感いたします。
私も震災のとき、早く日常を取り戻したいと強く願ったものですよ。
戦争です、季節がどうこうなんて関係ない。日常を取り戻そうという心意気は昔も関係ない、今に生きている人間にだってあるのですよ。
志田ちゃんあれだけっつーか、怪我してるんだからもう少し泊めてやればいいのにね。
食材の高騰により森田屋の経営が傾くのを皮切りに、このドラマは戦争により物資が乏しくなって行く様子や。人々が精神的にも追い詰められていく様子を長いスパンでじっくり描き出していると思います。朝ドラの枠組みの中で、ここまで戦争の脅威を表現できているのは秀逸。
お竜との再会で、空襲で焼け出されなかった小橋家は実は恵まれている方だということが示されていました。おはぎの件もその一例でしょう。そのお竜が逃げる途中見た地獄絵は、戦争の悲惨さはこのドラマでは見せきれない、見せていない部分にこそあるのだと製作者側が主張しているようでした。
史実でも目黒区はこの空襲では大きな被害を免れたようです。でも空襲はこれで終わりではありません。常子たちもいつ焼け出されるかわからない。早く戦争が終わって欲しいと願いつつ、平和のありがたさを噛みしめています。
そんな欝々とした今回ですが、子供たちの可愛さに癒されました。また、お竜との再会で常子の目指す雑誌の方向性が見えて来たのは、今後につながる良い知らせでした。
東京付近では昔は春秋ともに「おはぎ」と呼んでいたという話もよく書かれています。
戦時中なので地震で例えると激しく揺れている真っ最中ですよ。
日常をとりもどすのは揺れがおさまってからが普通では?
ミシンを供出するべきだとは全く思わないけど
ここまで何の活躍も無いミシンを物語にぶち込んでくる脚本家の感覚がわからない。
カーネーションを見ながら供出ネタを書いたとしか思えない。
やっぱり志田ちゃん演技うまいなあ。
朝ドラのヒロインやってほしい。
モデルがいるというのは、罪なものですね。
どうしても比べちゃいますからね。
このドラマ、どうして大橋さんの名前を出したりしたのか。
失敬してかなり踏み込んだのは、歯磨きの件ぐらいでしょう。
その他はほとんど(まったくつまらない)オリジナルで
歯磨きの件も別になくても大勢には影響しないんだから、
いっそ完全オリジナルにすればよかったのに。
インスピレーションは得たけど自作させてもらいました、
って謙虚になれば、ドラマは下手くそであっても、
モデルの人に謝れなどと、指弾されずにされずに済んだね。
モデルさん自体にはほとんど興味ないけど、まあチョビっと
かじってみましたよ~でも、あくまでも自分が作ったんで
ヨロシク、みたいな、敬意もポリシーもないいいかげんな
姿勢でいるから、嫌われる。
この先どう進んで、どう終わるつもりなんだろうか。
まあ、こちらも、もうそんなに興味ないけど(笑)
まさかお竜の出番はこれで終わりではないだろうな?
少しずつ知識を身に着け、また女性らしくなっていく彼女を
見たい。結婚もしてほしい。
はいり先生と違って、未来ちゃんの胡坐はやはり似合わない。
おはぎ作るのはともかく、3月におはぎ作る理由が誕生日だけというのが不思議。ととのお彼岸なんて、死んじゃってるしスルーっすか?仏壇は飾り物?どちらか選択するならお彼岸に作ってととを偲び家族の無事を祈るのが家族の日常としてふさわしくない?家訓を掲げている割にお彼岸の為に小豆をとっておく考えは無し。なんだかな。
ネタバレを知ってびっくりポン。
ここにはもちろん詳しく書けないけど、もう見た人もいるんじゃないでしょうか。
どうなってるの?ほんとに?このドラマ?
ネタバレ見た。
信じられない。
どーなってんの?本当に。
重隅でも悪口でもなく、客観的にきちんとした批判が寄せられるレビューメディアが増えて喜ばしい限り。
どのご意見にも深く納得。鋭いながら朝ドラへの愛情たっぷりのレビュー、知性・教養・文章力を備えた論客が多く、読んでいてとても楽しく、勉強にもなる。さまざまな視点があるので発見もいっぱい。
脱落組の私も、読んだレビューを確認するために、また「とと」をきちんと見ようかという気になるぐらい(でも見たら必ず萎えるので、本格復帰はむずかしいけど。特に平日の朝は鬼門(笑))
言っちゃなんだけど、そういう点では、作家自身よりはるかにレベル高いんじゃないか。変な日本語も使ってないし(笑)
冗談でなく、これらのレビューやアイディアをまとめ上げると、すばらしい傑作ができると思ったりする。
作家さん、批評は一切シャットアウトしているらしいけど、だから、ますますタコツボ化していってるんじゃないの? 自分の行く末のためにも、絶対いろいろ勉強させてもらった方がいいよ。
すっごく面白そうです。ワクワクしてきました。
でもまだまだ辛くて大変な生活です、早く普通の暮らしに戻れるといいですね。
東京大空襲で直接の被害を被らなかった小橋家は、焼け出されて逃げ惑うこともなく、すぐには被害状況を知らなかったりで、のんきに見えるかもしれませんが、そういう方々は現実にいくらでもいたと思います。それでも防空壕の闇の中、爆弾投下や爆撃機飛来の音におびえる様子や、お竜から聞いた生々しい惨状で、戦争の怖さ、悲惨さはかなり伝わったのではないでしょうか。言論統制や食糧難による戦時下の不自由さや息苦しさはきちんと描かれていますし、私の母も実際、戦争で怖い思いをしたのは防空壕で空襲をしのいだ時だけだと言います。
人によって感じ方は色々でしょうが、私はこのドラマが戦争の悲惨さを前面に出さず、それよりも統制の厳しい息苦しく不自由な暮らしの中で、少しでも明るく過ごそうとする小橋家の描き方に共感を覚えます。細かい演出の拙さは確かにあるかもしれませんが、それでも不幸の中にも希望を感じさせる、そしてヒロインの将来のライフワークに繋がる要素を織り込んでいく、このドラマの描き方は悪くないと思います。
朝から重苦しい戦争の悲惨さばかり訴えるドラマは個人的には気が滅入ります。
今日も戦後の希望を語り合うシーンがありました。それを不謹慎ととらえる方もいるようですが、戦争が早く終わってほしいと願う人は当時も大勢いたと思います。
戦時中でもささやかな楽しみや笑いを大事にしようとするこの脚本家の姿勢、私は好きです。
志田ちゃん、出番もう終わり?
常子との絡みが意外と短くてびっくりした。
「普通の人が知ってるような色んなことを知りたい」っていうのがヒントなのかな。
ちょっとインパクトが弱い気がする。
お竜さんって、てっきり大道芸人の座長とかそんな感じの人なんだと勝手に思ってた。
子分みたいな人がいたし。
ビヤホールにいたのは弟妹の面倒をみている憂さ晴らしだったのか?
だったら常子や多田さんと同じ立場だね。
戦時中なので地震で例えると激しく揺れている真っ最中
と、書かれた方、ドラマでは空襲もありますが、空襲以外での東京は常子が貸本の仕事をしたりと日常もありますよ。
私が言いたいのは、戦争がいつおわるのかわからないといった慢性的な不安なかで戦争前の日常をほんの少しでも戻そうという姿勢が東日本大震災の直後に似ていると思ったのです。
あの時、直後であっても今後への不安というものが消えなかった人が多かったのですよ。今でも自分の家のあった場所に住むことができない人は不安が消えていないと思う。
実際にあのような被害にあっていない人に説明しても無駄だということもわかっていますけどね。
お竜がビアホールにいたというのも謎。そのときも小さい弟妹がいたはずだが(親は早くに亡くなったのよね)、ビアホールなんかで何をしてたのか。
目黒は空襲の被害が比較的軽かったところ。
なんで脚本家が引越し先を他の場所じゃなくて目黒にしたのか、言うまでもない。
面倒くさいことを避けた。それだけのこと。
地震と言えば3.11の時、関東太平洋寄りの我が家でも、室内がめちゃくちゃになりました。
本も食器も床に叩きつけられガラスが散乱して、余震の中片付けにかなり時間がかかりました。
その後しばらく、大きな余震も何度もありましたし、腰から上には物を置けなかったです。
小橋家の室内が日常通りなのが違和感を覚えます。棚の中に普通に食器とか入っていそう。大切な家訓の額も、出しておきたいならガラス外して床に平置きとか。棚やタンスは寝かせておくとか(実際そうしていたと聞きました)。
何も鬼の首とったようにおかしいと非難するつもりは無いですが、そういう細かい所で非常時の臨場感を出せるのに。
反対に言えば役者さんがどんなに奮闘しても、そういう所で台無し。
甲東出版でも、五反田さんの死地に赴く心情とその中でも常子さんを気遣う演技に魅き付けられましたが、ガラスの入った本棚はそのまま、大切な本も整然と並べたまま…台無しですよ。
何かで読んだけどお竜は不良少女という設定らしいけど、あの時代の不良少女ってあんな感じだったの?
変なターバンみたいなのしてたね。
お竜さん、字が読めないのは、
小さい頃から母親がいなくて学校行けなかったから。
みたいな事を言ってたけど、弟はせいぜい5歳だから…
5年前に10歳ぐらいが、ギリギリ話の合うところか。
ビヤホールでチンピラ達をぶっ飛ばしてたお竜さんは12歳ぐらいだったのか。。
カッコ良すぎるぜお竜さん。
組長さんは、精神は戦地に赴いた息子さんと共に戦っていたんだよ。
家族を戦地に送った人は皆そうだったと思う。
小橋家は家族を誰も送っていないから、自分達の日常が最優先事項。
被災地の話をしている方がいましたが、今まさに津波が襲う場所に自分の子供がいて無事を祈っている状態なら、高台で日常を取り戻したいとお誕生日会を送る家族などいないと思う。
小橋家にはそういう家族がいない。だからお誕生日会の方が大事。
今日も深川のふの字も小橋家の台詞にはありませんでした。家にラジオがあるんだから情報はすぐに入ったはず。
戦争中のささやかな心がけと戦争が終わったらという希望をこの週で描きたかったんでしょうね。ナレに不謹慎という言葉を言わせてますから,不謹慎家族という突っ込みがあって当然の脚本なんだと思いました。
悲しむ組長さんに思わず涙してしまいました。今週はこの人が一番良かったです。
戦後の復興と新しい雑誌の出版を願って★5です。
おじさんは住所不定だから赤紙免れたんですね。
ズルいね。流石小橋家の血筋だ。
あんなに怒鳴ってた組長さんが、息子戦死の報せを聞いて、すっかり静かになってしまった姿が切ないですね。
12時のラジオ放送を聞くように、と告げに来たときの静かな様子が悲しいです。
大空襲知らなかったんだし
ラジオは持ってない事にした方が良かったんじゃないかねぇ。
おじさんは若く見えるけど
設定上はぐっさんより年上。
むしろ組長さんに近い年齢なのだろう。
戦争終わった好きな事できるバンザーイ。
捕虜になると死ぬより辛い目に合う思い自害した女性も多くいらっしゃる時代において、宇宙人のようなポジティブさですね。
やっと戦後に入るよ。こっちの方がバンザーイだ。
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