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天才になってからの咲人のセリフに
字幕入れてほしい。
どうしてあんなに口のなかでモゾモソなんだろうか。今までの他のドラマでの役もあんな感じだったのかな?あんまりちゃんと過去に出演したドラマを見たことなかったけど、見てみたくなってきた。
何言ってるかわかんないのは天才役の今作だからか?
(笑)山下君大変ですね。好演してると思いますよ。難しい役どころを丁寧に演じています。ドラマの雰囲気を壊さないように咲人を見せてくれています。咲人は自ら望んで実験台になった。それって天才になった咲人から見ればどうなんでしょか?笑顔で幸せを感じてるあたり昔の自分は「まんざら馬鹿ではない」と自分で評価していることが面白かった。人は何かを手に入れると別のものをなくしてしまう。じゃあアルジャーノンは?自分で実験台になることを望んだわけではない。ただ人間のエゴのために作られた犠牲じゃあないのか。「アルジャーノンは彼だけでいい」と咲人は言っている。なにもわからないまま、どんな結果になるのか、どれほどの覚悟がいるのか考えるすべを持たなかった術前の自分とまさか実験台にされていることすら知ることもない「対等の友達」アルジャーノン。最終回を見るまでは書けませんね。原作があるものは原作を越えることはない。映像より書物の方が感慨深いのは確かです。イメージが特定されず、自由にその世界に入っていけますからね。原作ファンの方には怒られてしまいそうだけど興味があるので私はラスト見たいと思います。しかし多感な子供の頃には原作を読んだ方が良いとすすめます。勿論ドラマを見てもオッケー。何を感じるかは自由ですから。来週がまちどおしいドラマです。
ドラマの最後にパパの幻影が現われ、声は聞こえないが口の動きは「あいきょでしょ?」その瞬間に砕け散って消えてしまうパパの姿はもう咲人に時間がないことを告げているようだった。パパの「あいきょでしょ?」はまるで咲人に「咲人、おまえはひとりじゃない・・・」と言っているように思えました。今週でこのドラマも最終回ですね、応援よろしくです。
あれれ、すごい酷評…
たしかに神が降臨したときは笑ってしまいましたが、(というか、演出が基本的にセンスない…)、わたしは感情移入して泣いています。
咲人が極端に感情表現がないのは、彼の感情を周囲の人物に託しているのかな、と感じました。
咲人はもう誰もが共感できないレベルの天才なので。
そんなわけで、小久保くんのアルジャーノンへの涙は、咲人の涙として感動しました。
咲人は単純にアルジャーノンの死を悲しむことができない(その死の意味、その向こう側が見えているから)から、小久保くんがただただアルジャーノンの死を悲しみ涙したことは、咲人は嬉しかっただろうな、とか考えると悲しくて。泣きました。
だから神シーンだけはほんとうに要らなかったです。笑
自己犠牲に対する美化…??とは、そう言われてみれば…みんな考え込むねー、、と思いました。
主役を山ピーにした時点で、そういう深読み?をして観る層がターゲットではなく、原作に触れたこともない若者向けなのかもしれませんね。
わたしはドラマをあまり観ないので素人目線なので受け入れられているのかも。
単純に、咲人の優しさ、恋人の想いを理解した上での涙、友人たちへの想い、自分の存在意義を考えてしまう立場…せつないなー…最終回が楽しみです。
天才の孤独なんて凡人には理解出来ない。って、馬鹿な私は思ってます。
天才咲人の非人間的な感情表現・・・、難解な単語でのセリフ・・・。物語の中の架空の人物とは言え、何を考えているのか、どう感じているのか全く理解できないので、共感も感情移入も出来ない。
ただそれでも、知の巨人の域レベルになった天才咲人が、同等レベルの仲間がいない現世では、例え愛する人が傍にいようとも、孤独で寂しい人なのだとは感じます。
「足るを知って程々が良い。」孤独な咲人を見て私が感じた事です。
それから、私は年相応の健常な耳を持っていると思っていますが、主役さんのセリフで聞きづらい場面があるなぁと思っています。始まった頃は感じませんででしたが、ここ2、3話では
本当に字幕を出してボリュームをあげてます。
視聴する側は若い健常な耳を持つひとばかりではなく、加齢で聴力が衰えた人、病気を持っている人もいます。
また字幕も視力に問題のない人でないと逆に見づらいものです。ここに書いたことが制作者、演者の方の目に触れる事があるのなら、主役のセリフが聞きづらいというのは配慮があっても良いことだと思うので、揚げ足取りの言葉ではないと思います。
この作品の撮影は終了していると聞いていますので最終話も字幕と大音量で見ると思います。
でもそれは、そうまでしてもこの作品を見たいと思っているからこそ。
そういう作品だからこそ、皆さん色々な残念に思う点の書き込みも多いのでしょうね。
07:07:25です。
大事な評価をつけ忘れていました。
原作があって原作が好きな人も居てタイトルが同じ『アルジヤーノンに花束を』だから、たとえ、原作とかけ離れてるものとなっても、見る人もいますね。
今、新着いいねがついたここのレビューを読もうとしてきたんだけど、該当するレビューがない?
利用規約違反で削除されたのかな。
なんか残念ですね。
いいねが付いているのはさすがと思える読み応えのあるレビューが多いのに。
でも削除されても、いいねの記録は残るのかな。その辺も疑問。
私はこのドラマ、いいねと残念の半々ですね。
気持ちがグッとくるいい場面もあるんだけど、今回のアルジャーノンの死を一番悲しむのが研究員だったのにはがっかりでした。
最終回、どんなふうにまとめ、「アルジャーノンに花束を」の台詞をどう生かしてくれるか楽しみにしています。
咲人が神の様になったのは、その直前にAlGβを自らの手でうったから。人は知能が頂点に達するともはや、感情と言うものがなくなって悟りをひらくかも。凡人には理解できないという。そこまで理解するのは難しいよね。だから考えさせられるドラマだなぁと。
咲人の父を非難する人は自分と自分の身内さえよければそれでいいという感情があるからそれを正当化したいんだよね。でも本当に好い人は他人になんの見返りを求めず助ける人。咲人のお父さんだって死ぬつもりで臓器提供したわけではないと思う。昔あった飛行機事故で海になげだされ板に掴まってかろうじてういてた男のひとが知らない女の子にその板を譲って沈んでいったと言う実際の話があります。確かにそう言う人はいるんです。悲しいけど誇らしい。
楽しんで見させてもらってます。予告を見ると最終回泣けそうなので、今から楽しみにしてます。咲ちゃんが大好きです。
今作のアルジャーノンは、主人公は咲人だが、群像劇みたいな感じに書き直されてるので、原作や前作と違って当たり前だと思った。咲人だけではなく、他の人もちゃんと描かれてると思う。
別に自分と自分の身内さえ良ければそれでいいという感情を正当化しているのではありません。
自分の家族、しかもこの先大変な事も多いだろう障害児の息子がいるのに、他人に腎臓を提供すること、それがどんなに無責任な行動か考えれば明らかです。
障害児の親だったら出来たらこの子を残して先に死ねない。1日だってこの子の後に死にたいと願う親が多いと思います。当然中には違う考えの親もいらっしゃるとは思いますが。
父親なんだから、まずは自分の家族に対して責任があると思うんですよね。
社長の話は咲人のお父さんがどんなに優しい人だったか、他人の為にここまでしてくれる人が居るんだと感動的な話ではなく、家族に対して責任感の無い人としか聞こえませんでした。
飛行機事故で、海に投げ出され~見ず知らずの女の子を助ける云々は、状況が全然違うでしょ 。
自分の他に誰も居なくて時間も選択肢も無く見ず知らずでも子供の命がかかってたら、
大抵の人は子供を助けると思いますよ。
今週が最終話ですね。どんな風にまとめるのか、綺麗なお話にまとめるのかな?最終話だけど見なくていいかな。ネットで結果を知ればいいかなと思います。
8話9話かなり冷めてしまいました。
脚本もだけど過剰な演出ほんとに要らない。
でもあと1話で終わりなんだよね。
見届けようかどうか迷い中。
山P大好きだけどドラマにはがっかりです。
山Pの人間らしい葛藤とかの演技私ももっと見たかった。
なんだか咲人の心情描写がわりとあっさりな気がするのは私だけ?
役者をストレートに絶賛する野島さんが今回は微妙な言い方をしていてあまり山Pの演技を評価してないようだみたいな記事を見たんだけどそれってほんとなのかな?
だから脇役の方に葛藤とか苦悩とか演技力が必要なパートを任せたってこと?
もっと山Pにそういう演出つけてほしかったな(泣)
森の中で山下さんがとうとつに神みたいになった時は吹き出してしまった。
咲人はとうとう神様レベルに。笑
アルジヤーノンの一番の友達が咲人ではなく研究員だし、お母さんとの話が薄いし、はるかは天才の咲人を失いたくないだけの女だし父親の腎臓提供話しも軽率な無責任父親だったし脇役のエピソード多すぎて主役はそんなに頑張らなくてもいい感じだし、天才咲人は発音悪くてもぞもぞゴニョゴニョ。
アルジャーノンのタイトルが気になって見る人はドラマに、突っ込みながら見るのも1つの方法かも。
最終話もきっと何この演出!!って突っ込みながら見ると思います。
山下くんの障がい者演技は、何度も涙が頬をつたういい演技でした。
ちゃんと咲人の感情表現出来ていたと思います。
自分は今まで山下くんの演技を余り評価して来なかったけど、アルジャーノンを見てそうじゃないと思った。
彼は与えられた役を表現する力はあると思った。
ただ、脚本や演出がそう言う演出じゃなかったんですよね。
前半は咲人が引っ張っていたのに、後半になってクールな感情を余り出さない役になってしまった。
これは、脚本による影響が大きいと思います。
この脚本は、最初から母親との関係を余り重要視していなかったんだろうなと思います。
私も本当に挑戦的なドラマだと思いました。一度見だけでは理解できないかも。もしかして視聴率も取れなくてもいい。自分達の作りたい作品を作るだけであり、後は視聴者の自由に感じたり、考えなさいと、、だからいつもこのドラマ見た後は頭から離れないんだよね。咲人が。
今回は特に忘れられないのは、小久保君があるじゃーのんだけが友達だったと、ある意味特殊な立場の咲人だけでなく、健康で頭も良く普通に生活してきた小久保君でも、本当の友達いなかったなんて、なんて哀しい。咲人にもこの台詞言わせ、小久保君にも同じ台詞、脚本家がよほど伝えたかったんだね。小久保君あるじゃーのんに恋話してたしね。その後に奨学金の話で笑えて、涙と笑いが上手く併せていて、好きだなぁ。このドラマ。
咲のパパが腎臓を花屋の社長にあげたのには、きっと別の理由があると思う。多分最終話で分かるんじゃないかな。パパが亡くなったのはそれが原因じゃないと思う。パパも自分の残された時間を知って咲を預けたと思う、だってママは壊れかけていたんだもの。
もう辟易した。最終回も興味ない。
主人公をここまでカリスマ的人格者しちゃ意味ないでしょ。
普通の人間が苦悩するからこそ、感動できる話なのに。
う~ん、最終回を目前にして、すっかり見る気がなくなった。
前回のもながら見したので、咲の父親のエピもよくわからない。
腎臓を上げたの?
なんだかやっぱり、山Pを美しくかっこよく見せるためだけのドラマだね。
名作を原作に使ったのに、残念。
後半の咲人は、物語の進行上しょうがないにしても、一時嫌な部分を出さなければならなかった事が、このドラマのキツイところだと思います。でも、そこで、遥香によって真心を教えてもらう事が、必要だったんだと思いました。
社長のお話は、確かに良い話だけど、咲人だけに、思い出として語るのには良いが、関係ない同僚の前で語るのはやめたほうが良かったかもしれない。気持ちよく良い話としてとる人だけならいいけど、そういう人ばかりじゃないから。
最終回は、咲人の手紙が気になります。楽しみです。
思うところはいろいろありますけど,最後はどんな着地なのか見届けたいです。癒やされた咲人の笑顔よもう一度。
障害児の息子がいて、母親も育児に不安を抱えていて、そんな状況なのに遠い親戚に腎臓をあげて体を悪くし亡くなってしまう父親はやっぱり理解されにくいと思う。結果的に咲人は家族を失うことになったのだから。腎臓移植の件は、何かもっと他に納得できる理由はなかったのか。
一緒に見ていた中学生の娘が、アルジャーノンのお墓に種蒔いたら花が咲くから花束いらないじゃん、と言ってたけど、ラストはどうするのかな?
アルジャーノンのお墓もっとちゃんとした
お墓にしてほしかった。
最後までアルジャーノンの扱いが雑。
山Pの神降臨みたいなシーンいらん。
自分も咲人の父親は 他人に見返りを求めず助ける好い人、立派な人、誇らしい人とは思えません。
死なないまでも腎臓を提供して体を壊してしまったら、自分の障害児の息子は?妻は?娘は?どうやって生きて行くのか?
父親、夫の居ない寂しさを家族に味あわせるかもしれない、と考えないなんて、
自分の家族を守る事より他人を助けるって、やっぱりお父さんの腎臓提供話しは受け入れられない。
飛行機事故で女の子を見ず知らずの人が自分の命と引きかえに助けたという話は私も聞いたことあるけど、状況も全然違うし、そりゃあ目の前に死にそうな子供が居たら誰だってたいていの人は助けますよ。当たり前でしょう。腎臓提供話と一緒ではないですよ。
原作に関係ない野島エピソードが悉く中二病くさい。
高校教師とかひとつ屋根の下の90年代には漫画っぽいな~とは思っていたけど。神?って。
未成年とか最期のスピーチが青臭い的評判はあったけど。学生紛争のムードを敢えて盛り込む、という作風だったから。
こっちは何もかも唐突すぎて悪目立ちして、俳優もその違和感をねじ伏せる程の力技のある役者じゃないから。紙芝居ちっくに見える。
もしこのトンデモ脚本を原作に勝るほどの神脚本だと自負するなら、それなりに舞台経験積んだ力量の役者じゃないと最初から成立しない世界だ。
三上博史とか。劇団四季で「ジーザスクライスト スーパースター」主演した俳優とかね。大袈裟な演技とコント(或いはギャグ)ギリギリの振り子的演技を楽しむような。そんな塩梅のドラマになったかも。もちろん「アルジャーノン」の本質からは離れた別物には違いない。
腎臓移植の話は次回咲が花屋の社長に会いに行くので、詳細がわかるのではないですか。想像力って凄いですね。
いろいろ深くて考えさせられるドラマだなあ。
9話はタネを蒔くという言葉がキーワードだったのではないかな。
人為的に超知能にさせられたアルジャーノン、咲人そして自然には咲かない種。
これは原作では科学の痛烈な批判として存在したものだけど
どんな種でも蒔かれると後に繋がっていくということ。
知能の違い、性格の違いいろいろあっても同じ人間はもちろんのことラットなどの生き物も最後は土に帰り後世に繋がる。
そして父から蒔かれた善良という種は咲人に受け継がれ
咲人にもらった命を梨央やそれを望んだ友だちに引き継がれる。
そしてもしかすると一番わかりやすい形として
遥香が咲人の子どもを身籠るなんてこともあるのかな。
などと、咲人が森で手を広げる場面を思い出して考えてます。
そ、それはやだなあ…。
なんかそんなことでまやかさないで~って感じ。
でも野島さんならやりそうだね。
今回の萩原さんの長セリフで、明日ママの終盤で熱弁ふるった三上博史さんを思い出した。彼こそは野島さんに縁の深い役者だからね。彼ならではの力技プラス、テーマもメッセージもあったから私は見れたけど、あれも賛否両論だったなぁ。今回の萩原さんの長セリフも熱演の力技だったけど、なにせ臓器移植の話自体があまりにも唐突すぎた。さすがこのビックリ展開の脚本では、演技力ではベテラン役者の力をもってしてもカバーできなかったと思ったわ。次回ラストでこの話題のフォローがあるんだろうか。
なんか、色々感想読んでると山下さん、やっぱりこのドラマ引き受けなければ良かったのかな。
そしたら、違うひとがたたかれてただろうな。
いくらそれが仕事でも可哀想。
咲人が宇宙と一体となったような感覚、、みたいなことを言っていたけれど、きっとあらゆる生命と一体となり 自我もその中に溶け込まれていく至福感。恐怖も薄れ、そこにあるのは愛のみ。
自分のことよりも、パパのように先ず他人を救う。
天使のように 愛らしかった咲ちゃん、やっぱりSF的に天才になっても、本質は変わらなかったね。
最終回に近くなって、いろいろエピ入って来て 無駄エピではないけれど、 もっと最終回を先にのばしてよ!
確かに脚本が散らかっているように見える。ただ俳優さんはそのなかでも良くやっているから最後まで見ますよ。山下くんの聡明な透明感や儚さも栗山さんの揺れる思いも萩原さんの長セリフも脚本以上に響いている。もちろん窪田くんも石丸さん達も自分の役を全うしているのに、エピソードの詰め込み過ぎで一つ一つが凄いことなのにセリフの中にしか存在していないから、今一つ重く感じないのかもしれない。やはりセリフですらすら言わせる技法より体感させる演技の方が良かったのかなと思います。
手術前の咲ちゃんの記憶はあるのに、手術後の咲人は彼の気持ちや行動理由が分かっていなかったってのが、私テキ驚き。
人間の脳みそは、知識の記憶と感情の記憶の領域って、別の場所にあるのか?
私は「咲人」は咲ちゃんの器に入った人工知能ってイメージを受けた。だから、「咲人」の恋や愛は受け入れられなかったのかな。何だかコトバだけで、温度が感じられなくて。
だから、私は皆とは違う気持ち。
「咲人」に咲ちゃんの器、カラダを返して欲しい。
咲ちゃんの肉体がこの世を去るのだとしても、咲ちゃんで最後を迎えさせて欲しい。
私は咲くちゃんが好きだったんだよね。
確かに、天才になった咲人は、過去の自分の映像を見ながら、まるで他人のことのように客観的に分析していましたね。
遥香に対しても、「君にはこういうところがある。」ってなんだか上から目線で分析していたし、突き放したようにも見えた。もう遥香への愛情はないのかな?と思うほど冷たく見えました。
蜂須賀教授は、ALGβを注入したら咲人が「知の巨人」になり、その後退行が始まるとしても一時的でも知の巨人を見たい、と言っていて、やはり咲人のことは一人の人間として尊重する気持ちはなく、実験の被験者として見ているだけなのかなと思った。息子のように思っているとか言いながら、、。
痛みや苦しみが硝子の破片のように粉々に砕け潜在レベルで論理的にしか考えられないと言っていたことから、今の超知能の咲人は感情より論理が先にきて遥香のことも愛していても遥香のこともさえも論理的に分析してしまうのだと思います。決して愛してない訳ではないと思う。
このドラマもですが、先日友達と原作のラストについて話したのですが、同じはずなのに違うラストを想像していました。だから脚本がどのように解釈してラストを迎えるのか興味があります。
蜂須賀のキャラは野島そのものであって野島が特に好きなキャラだと思う。予告では危険なくらいに逸脱した行為をしようとしていた。
とにかく引き込まれる展開とキャストの素晴らしさが良い。
じっくりと演出してほしい部分もあったが、スピード感もまたこのドラマを引き締めてくれているようだ。
毎回、あっという間の一時間を過ごしている。
これだけ評価が分かれるのも面白い。
腹立てながらも見続ける人も多いようだし、
原作のテーマは外していないという人、
原作のテーマに付け加えてる、原作をテーマごと壊してるという人。
原作のテーマも解説の愛の裏付けのない知能は意味がないとか、
科学への警鐘とか。自分にはそうは読み取れなかった。
自分は、善良さって人の1番大事なもので、そこに共感も感動もするんだな
という浅いかもしれないけどそれが正直な感想だった。
そんな自分にはこれははまさに分かりやすく描かれてるドラマだ。
障害を持っていようが、咲人のもつ善良さに心打たれたし、
いったん失いかけたが、またその善良さを取り戻す。
知能が高くても低くても、自分のできる能力は他人の喜ぶ方向に使うことへと向かう。
分かりやすいのが、あのホームラン。
自分の評価が上がることではなく、
ママ、パパ、柳川くん、檜山くん…喜んでくれました
これが最大の咲人の喜び。
その善良さは人として美しいと感じられるラストになっていると確信してる。
上記の方、まさに私の感想とピッタリでした。
上手く感想を書けなかったので 嬉しいです。
またアイキョデショの咲ちゃんに会えるといいな。側にはきっと対等の仲間がいるよ、君を守ってくれてる。黄色のヒマワリが似合う場所は研究所じゃなく、フラワードリームだもんね。いつも笑顔でお話してたんだよね、そんな花たちと。君の世界はなくならない、君のことはみんな忘れない。
IQが高い人は、ただ難しい計算が出来たり理論がわかる様になるだけでなく、先の先まで見通せる様になるという事らしいですよ。
世界のIQが高い人のランキングに、科学者や物理学者に混じってチェスの選手が入っていたけど、常人にはわからない未来を予測出来る、当に天才は天から世界を見渡している。
咲人が、森の中で神の領域に足を踏み入れた描写は、あながち間違っていないのかも知れません。
咲人には、未来がわかってしまったんですから。ALGでは自分を救えないと。
では残された時間をどう使うか?
あのパパに育てられた咲人なら梨央を救うのは必然です。
そして今さらながら、よく練られたドラマだと思います。
原作者がどう感じるかはわからないけど、天才にしかわからない領域で、通じあう物があるのではないかと思いました。
楽しめていたんだけど腎臓のエピだけは強引だよね。もうちょい自然に見える話にしてほしかった。
自分は山下くんは今回の役で、その存在感と魅せるオーラは抜群で、賛否両論ある演技力も成長を感じられた。
しかし、上の方が言われる様に力でこの脚本をねじ伏せる程の力量はまだないと思ってます。
そう言う意味ではいしだ壱成や萩原聖人は、その力量を思う存分発揮していたと思う。
しかしこのドラマは、山下くんの転機になるのではないかな?
演じる事の難しさや面白さを知っただろうから。
つまらない脚本でも演じ手によって心響く事もある。
まぁアルジャーノンはドラマよりも舞台の方があっているかもしれないね。
それこそ実力あるキャストにお金を払って見るべき題材なのかもしれない。
衝撃的なエピソードをテンコ盛りにすれば良いというものでもないと思う…
説得力に欠ける。
それぞれの役者の濃い、薄い演技のバランスがなんだか調和してなくて、スムーズに見られないのは演出のせいなのか…
なんか気持ち悪い
あのアルジャーノンが…
なんだこれ
いつになったら栗山千明が登場するのだろう
もしや最終回だけですか?
ドラマが、グダグダ支離滅裂にならない唯一の方法は、一つのテーマで統一する、これに尽きるのだけど、それが一向に見られない、何とも意味不明な作品?だった。
あれだけ盛り込みすぎて、時間不足に大きく物語性が損なわれたというのに、終盤になってなお、新しい要素を盛ろうとする奇妙さ。
このドラマを「考えさせられる」とか「深い」という人がいるけど、どこが深いんだ? 展開だよりの行き当たりばったりで、丁寧な心情描写を避けた「逃げ」の作品に見える。
國學院大學が映った!!ドラマも面白いし我が母校にきてくれたとは感激!
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