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17件 |
合計 | 36件 |
読み | ぽいずんどーたーほーりーまざー | |
放送局 | WOWOW | |
クール | 2019年7月期 | |
期間 | 2019-07-06 ~ 2019-08-10 | |
時間帯 | 土曜日 22:00 |
過干渉の毒親は娘にとってはウザったい存在。しかしながら母親の実の想いは…という流れなのかな。1話では、寺島しのぶも足立梨花も好演していたが、母娘に見えなかったのがどうもね。清原ちゃんも出てくることだし、2話以降に期待しよう。
寺島しのぶの、毒親感が上手かった。足立さんは嫌いじゃないけど、他の人の方がベターだったような。
でも、他の話も原作では面白かったので、期待を込めて。清原さんや中村さんらキャストも良いし。
ミナトドラマ特有のちょいイヤの積み重ねがある。ストレスたまりそうだが、それが帰ってくせになる。ポイズンドーターということは、2話以降娘がガンガン毒吐くのかな。
内容がいまいちだった。
つまらない
面白くなかった
WOWOWドラマは、毎回、考えさせる展開が多く、今回も、どっちが正解かではなく、それぞれが正解なのではと考えさせられて、他の民放ドラマにはできない脚本に魅力を感じます。
予告だと寺島しのぶは実は毒親ではなく聖母だったと言うオチみたいだが
毒親か聖母かは、母親が、どれだけ子供を想っているか、ではなく
他人が決める訳でもなく子供が、どう感じているか。
つまり第1話の様に子供が親に苦しめられてると感じたら毒親だろ。
娘離れできない母と、その過剰愛にウンザリしている娘の話。これを毒親と毒娘というのだろうか。最後に冒頭に戻り、小さい弓香の幻影が母を殺した。これを娘が毒を与えたというのだろうか。母が自ら毒を飲んだというのだろうか。何とも捉えどころのない1,2話だった。
3話以降、清原果耶、中村ゆり、倉科カナ、伊藤渉と続く。どのようなポイズンなのか、期待半分不安半分というところ。
↑誤:渉 正:歩
面白かったが、ポイズンドーターでは無かった。
ホーリーマザーでも無かった。
2話で、逆転は感じなかった。
どちらかと言うと、ホーリードーター、ポイズンマザーだと思った。
題名が違えば、もう少し面白く観られたと思う。
小説の方がタイトルを上手く表現してた。ドラマも上手く脚色してると思うし悪くないが、ポイズンドーター、ホーリーマザーではなかったかな。次エピソードに期待。
駄目な親と駄目な娘なら分かるが
毒親と毒娘の関係なんて成立しないだろ。
どちらも自己主張が強いんだから一緒になんて暮らせる訳がない。
どちらも相手の言いなりに、なんてならない。
毒娘が家を飛び出して親子関係解消が普通だ。
人物設定に無理がある。
原作者もドラマスタッフも毒親について何もわかっていないということだけは伝わった
素人が作ったドラマとしか言いようがない。
毒親というのは
多くの人が苦しんでいることに対しどういったら、よいか、どういったら、伝わるのか、そこから、毒になる親というふうに、言ったらつたわるかということで、でてきたものです。
けして、流行語や、そのうち消えるでしょうといった、安易なものでもなく、またセンセーショナルに毒親に対し毒娘といったような、人権を更に無視する、倫理感のない、愛のない言葉を作り出し、目にみえぬ、それに苦しむ人々を蹂躙するかのように、口を塞がせようという意図を含んだ、軽率な単語で、支配欲を、満たすようなことは、けして、してはいけないことです。
何故、こういう、タイトルをつけた?
人目をひかたかったから?
話題性をよびたかったから?
軽率すぎませんか。
選択を与えられないというのが、どれほど、人を苦しめるのか、わかっていないのでは?
何故、やっとの思いででてきた、嫌だったという気持ちを、踏みにじる?
これ、そのものが、毒になる親のやっていることです。
この、ドラマの結末、母親が認めても、その人は消え、また、第二の毒になる親に相当する、女友達が、また、苦しんでいるこの主人公に、毒娘といい結論づけること、そのものが、毒になる親の特徴です。罪悪感につけこみますか。
こういった、女友達のようなひとは、いるものですが、
そういいたいの?
そういうふうに、しなければ、気がすまない。
何故か、どれだけいっても、わからない。
これが、特徴的性質です。
認めようとしない。この、ドラマ全体に漂う、空気です。
今や支配権を握るのは、女友達になってます。
親しかたよることのできない、子供が家という密室で、どれほど、簡単に支配されてゆくか。
子供の気持ちを理解していないのは親なのです。
自分が毒親だと、いわれたくないために、
徒党をくんで、私たちは許しません。といいましょ。
といわんばかりに、
海で溺れている子供を前に、自分たちは、
安全な島をつくっているようなものです。
何故、むきあえない?
何故、見据えることができない?
延々と、これを続けるの?
これが、日本のよわいところ。
まるで、毒親というのは、底辺にいる、自殺したようなところだけを、いうのだと、いわんばかりですが、しかも、それを天秤にかける?そういった、考え方そのものが、毒になるというのです。これは、そんなものではありませんよ。社会的地位がしっかりあるひとでも、多いですよ。
だから、ドラマをつかって、今のうちに、矛先を、毒娘と、かえようとしているの?
自分の自己を育てられなかったものは、一生苦しむといってもいい。大人になると、それを、自己責任といわれ、いったい、責任とはなんでしょう。
自分が何なのか、何をしたいのか、その糸口さえみつからず、あるのは、親が許可したものばかり。強烈に支配し続けられる毎日を送っていれば、服従する態度をとり自己否定、価値をみつけられず、内面には、マグマのように怒りがたまり、自己破壊行動につながっていくんです。心の栄養となるものをみつけられず、どれだけしても、十分とは思えない。
初めから、毒をもった赤ちゃんなどいませんよ。
選択することが、嫌だということをドラマで描いているにもかかわらず、それでも、毒娘という、ありえない、タイトル、言葉を作り出すとは何事ですか?
毒になる親というのは、ずっと、指摘されることなく、存在し続けてきたのです。それが、危うくなりそうだから、矛先を娘に変えようと、本をつくり、ドラマをつくったのですか?
ただでさえ、娘は、毒になる親から、執拗な攻撃をされているのです。そこに、聖母をよそおって、他人からわかってもらえない苦しみはわかっていますよ〜とまで、描きながらも、それを、裏切りたい。親は悪くない、子供がわるいのだと、言われてきたものに、また、戻したい。そんなそとを、やっているとしかいいようがない。
はっきりいって、つけこんでるよね。
多くの大人が、関わってつくっはたはず。
それなのに、誰のチェックも受けなかったの?
倫理観もなければ、愛もない。
いつまで。これを、続けるの?
訂正※自分で選択することを、毎回妨げられ、こっちにしなさいと、命令されることが、嫌だとドラマで描いているにもかかわらず、それでも、毒娘という、ありえない、タイトル、言葉を作り出すとは何事ですか?
湊作品、相変わらず時系列グチャグチャだな。初見では現在がどの映像か理解できなかったので2度見した。そうしたら大体わかった。今回は、上の階の家族の生活の一部しか見ていないで、虐待を行っていると勘違いして、おかしな毒を持ってしまった娘の話だ。母親もその家族に対する別の毒を持ってしまい、ポイズン母娘となってしまった。アパートの火事は、放火ではなくタバコの不始末によるものなのだろう。これも娘の思い込み。殺人事件もこの勘違い娘と再会したことから生まれてしまった。彼の「死ね」という言葉もうなずける。
このドラマのような断片映像を見せておいて、その前後を徐々に膨らませていく作風は一目わかりずらい。でも何度か見直すと「そういうことだったんだ」とわかってくる。細かいことでいろいろ注文はあるが、とりあえず内容がわかったのでよかった。
難しい作品だが一回観れば普通は判断できる。
清原果耶が虐待と勘違いしてるんだなって事は。
意外になかなか面白い。
これからに期待。
3話目。どうしても、こうしたてたい。そういった、著者自身の病んだ性質を感じます。罪悪感というものをもっていると、現実は何もわるくなくても、罪悪感にむらがるハイエナのように、回りが責め立てる人ばかり、よってくるということが、ありますが、これは、それそのもの。なに勘違いしてるんだよ〜と、かなり、バカにされたような、ありかたで。 ここまで、罪の意識を持つ必要はなく、それを、いってくれる人は一人も登場せず。母親が、嫌がらせの投稿をしていたから、という設定も、かなり、無理やりで、なんで、こうまで、著者は、こう仕立てたいのかしら?恨みでもあるのかしら?と思ってしまいます。
清原果耶ちゃん、やっぱり素晴らしいね。
表もあれば裏もある。何が毒で何が毒でないのか?
愛と執着と枯渇感がグルグルまわり
あなたのためと言いながら、結局は自分の穴埋め。
穴の空いたバケツでいくら汲んでも満たされない。
どの人の気持ちもわかるようなわからないような。
ただわからないことを怖がりすぎずに
いろいろ想いを馳せながら観ていきたいドラマだね。
やっぱり、湊かなえだ、なんだかなあ。
もっと、清原果耶ちゃんが演じてるんだから、
観てる人間をだまして、
最後にえっーって逆の話にしてくれたらな。
坂井真紀のお母さんが危なそうなのが透けてたし、
この調子でやるのかな。
とてもつまらない。
凄く つまらない。
嫉妬の念にかられ、花束に隠しておいたナイフでグサリ!殺人犯になった主人公の運命はどうなる??という流れがフツウに思いつく展開だ。でもあれだけネットにプチ毒を吐いておいて、本当に花束あげに行くって、どんな性格しているしてるんだ、この主人公は…と思わざるを得ない。しかも逆に誤って刺殺されるとは…「あやふや」「どっちつかず」「あいまい」こんな言葉が似合う第4話。これがイヤミスといわれる所以かな。
理解力あるのか。
全然ドラマの内容(4話)、理解してない。
ネットに書き込みしてたのはもう一人の受賞男で、主人公はかばって代わりに刺されちゃったんですよね。
4話は想定外な展開でとても面白かったです。
ドラマの脚本や企画を作る新人の人ってあんなにいろいろ苦労したり、いいように使われたりするもんなんですか?私なんかには想像も出来ないような世界。
正直な感想を述べますと…
非常に つまらないです。
つまらんよ
ベストフレンド、優しい人、面白かった。重いけど。原作をよく表現してたな。
6話目を含め、この著者事態にいえることですが、人の嫉妬を、つつき回して、そこに、よろこびを感じているという攻撃性が伺えます。まぁ、ある種、利用して、自分の攻撃性を作品のなかでは、つかまることもなく、満たせるわけですから。
このお姉さんは、自分の声さえもてていないわけですよね。
そういう、自分の意思さえ薄弱であるけですから、いじめを、作品のなかでしていても、視聴者の中には、こんなことしてーというよりも、こんな人なら仕方ないわね、と深層でば、共感して、喜んでしまう人に、火をつけるようなものです。どちらに、ころんでも、なんとでも言えるという、つくりになっています。
兄弟姉妹のなかの、争いが激化するのは、ほとんどが、下の子だと知らないのでは?
いえ、
母親の、縛りの強さ、尊重していない在り方や、妹の攻撃性のうざとさを、描いているところをみると、家庭間に問題があることは、知ってはいるけれど、それらのものを、悪利用した作家としかいいようがない。
こうだといえば、都合がわるければ、のらりくらりと、いくらでも、反転させて、かわせるというようなつくりかたですから、
犯罪をおかした姉だけが、犯罪者でしょうか。
それを、誘導したのは、このひとの母親であり、妹なのです。
それらのものが、今の法律では、その誘導したものは、つかまることなくすごせるのです。
この著者のしていることは、そこに、油をそそいでいるのです。
けして、警告しているのではありません。
この、ドラマのなかで、6話目のお姉さんには、誰一人として、愛情を向ける存在が登場しません。あるのは、ねこだけです。それを、嘲笑いながら描いてますね。
このドラマの1〜6話目全体にあるのは、嘲笑いなのです。
作品を通すために、紹介文では、おちいりがちな…などとかかれていそんな、包容力のあるようなものではありません。
はっきりいって、人の心理を利用しているのです。
そんなに言われたら、おこるのが普通。
そんなに、攻撃されたら、弱るのが普通。
大切にされずにすぎれば、居場所や、存在価値を持てないのが普通。
となりで、ギャーギャーと怒られてる子供がいれば、大丈夫かしらと思うのが普通。逆に思わない方が、危ない。
あまりにも、侵入されれば、反撃するのが普通。
しかし、この著者自体は、ドラマ製作者自体も、その普通の感覚が
わからず、毎日毎日放送されるドラマ製作のために、視聴率をとるために、賞をとり名前を残すために、どんどん、エスカレートしていき、侵入してはいけないところまで、侵入しているのでは?
フィクションといってしまえば、なんでも、つくれるわけですから。
だけど、その責任はとらない。
そのことで、どこかで、なにかがくるっても、直接手をくわえていないわけですから、なんの、責任もない。とる必要さえない立場にいるわけですから。
あるのは、視聴率がとれなかったとき。
本が売れなかったとき。
いずれにせよ。
wauwauさんに、倫理委員会があるかどうか、わかりませんが、
何人もかかわって、この企画にokをだしたから、この、ドラマがつくられたのですよね。
なぜ、これを、世に出そうと思った?
なんとも、おもわなかったの?
これは、製作スタッフも、監督も俳優もかかわって、つくってますよね。
ということは、こういった、声をもたぬほど弱った人物をえがきながら、こういう人を、いじめていいよ〜といっているようなものです。このドラマ全体に嘲笑いが漂っているのです。
ここまで、弱っていると、人は助けるどころか、もっと、攻撃をします。この、ドラマは、その人たちを、深くきづつけているでしょう。
そんなつもりでつくってはいないという、言い訳は、言い訳にもなりません。
著書を通して、ドラマを通して、そういう人たちを、利用しているのです。
助けているふりをしても、ダメです。
非常につまらないかと
面白いとは決して言えないですね
湊かなえだから期待していたけれど、何を言いたいのか、ただ後味の悪さだけが残った。
>>何を言いたいのか
生きるのが不器用な人たちが、悪人ではないのに、
人間関係の落とし穴にはまり、犯罪を犯してしまう
そういう話だと思います。
ドラマとして面白いかどうかは、観る人次第です。
私は面白いと思いましたが、心が冷えるドラマです。
第3話は最初に観た時は真相が分かりませんでした。
録画で見直して幸奈の勝手な思い込みと分かりました。
正幸の母親は口うるさいだけで、虐待はしてなかった。
幸奈の母親こそが、毒母で「罪深き女」だったのです。
正幸の放火はおそらく幸奈の母親に向けられたもので、
無差別殺傷は、不遇に対する強い怒りが理由でしょう。
幸奈の事も自分を不幸にした1人と思っていたのでは?
頭のイカれた登場人物ばっかりだな!
この作品、
少し脱線するかもしれませんが、
たとえば、6話目の、姉妹の話。
姉の心境を全く理解できないと。
自分は妹だから、その気持ちがわからないと。
自分で自立すればいいのにと。
逃げればいいのにと。
そう、他の投稿で、(ここではありませんが)なされているのをみかけましたが、
そういう人は、漁夫の利を得て甘い汁をすっていることを
認識しながら、自分は、その立場にいないから、あ〜良かった。
自分はその立ち位置に、産まれたくない。
そういう目にあいたくないけど、批判はしたい。
なんで。できないの?と、そういうことは、言いたい。
そういう心境の人でしょう。
こういうのを、わかろうとしない姿勢だと、
もしかしたら、あまり、親には向かないかもしれません。
そもそも、この、ドラマでは、姉と妹という妬みの感情を基準にして、つくられているため、本当のところは、わかりません。
当然、最初の子供は、母親も、不安も恐怖もいっぱい。
どんな環境だったのか、はっきりとは、描かれていません。
親の感情は胎児に伝染し、ストレスも、伝染するわけですから、
そのなかで、育つ赤ちゃんが、最初と、次とでは、違ってくるわけです。
二回目は、出産が、どんなものか、また、最初の子供で、子育てが、どんなものか、わかっている節もあるわけですから、
そのぶん、気分的には、違ってくるわけです。
では、いつから、この、ドラマの姉妹のようになっていくのでしょう。
最初の子供は、生まれたときから、ひきこもっていたのでしょうか?
こんな、か弱い声でないていたのでは、退院できません。
たいてい、聞いてると、下の子というのは、自分は末っ子でよかったと、認識してますから。それで、なぜ、こうしないのかしら、?と、
とぼけるということは、わかろうとはしておらず、
人の苦しみの上に座ってしまっているということです。
たとえば、犯罪者に捕まった被害者。普通は逃げるだろうと思われますよね。しかし、長い間監禁され続けると
被害者なのに、犯罪者にすりよる。もしくは、
逃げない。こういった現象がおきます。
何故だと思いますか?
北朝鮮にさらわれた、日本人はどうでしょう。
逃げて帰ってきた人は、どれくらい、いるでしょう。
また、日本は、戦争に負けましたね。
そのあと、アメリカに占領されて、日本の大人たちは、
アメリカ万歳とたたえたのです。たったの1日で。
あれだけの、空襲被害にあいながら。
アメリカ人のお嫁さんになった日本人女性も、結構いました。
これは、何でしょう。
大量の公職追放が行われ、残ったのは、あまり、能力がそこまでたけていない人。というと、言いすぎかもしれませんが、こういう人たちが、トップにたったのです。優秀な人たちが、追放されたのは事実です。
すべての
記事が検閲され、アメリカが悪いと思わせるような、反米的な記事や映像をながした会社は、みるも、無惨に潰されたのです。
そうすると、何が起きたでしょう。
日本の、よきものを、捨て
こんなことして
酷いじゃないかという口を塞がなければいけなかったのです。
原爆をおとすことなんて、これこそ、酷い大量虐殺じゃないかという考えは完全に禁じられ、東京裁判では、日本の言い分は、抹殺され、裁判といえない裁判で、処刑されたのです。
(その裏で、ドイツのユダヤ人の毒ガス虐殺を、ドイツ糾弾の最大の理由にかかげるアメリカから)
広島や長崎に原爆を落とされても、批判さえできなかったのですし、それどころか、同じ被害者同士のなかなら、差別的な意識がでてきたのです。
原爆被害の実態など、生身で知っているものは、世界のなかに居ませんから、体がきついというと、それは、甘えだと言われてしまうこともあったのです。
ヒロシマという映画を作っても、反米的な要素があるという理由で、その被害の悲惨さを訴えても、放送すらできなかったのです。
それに、参加した、エキストラのなかには、それに、かかわるなとさえいわれたのです。
正しいことをしているとおもっている、青年が。
誰でも知っているであろう、大きな事例をだしましたが、
こういうことから、いかに、人が、生き死ににかかわる状況をぎゅうじられると、簡単に、支配されてゆくかが、わかるでしょう。
ドラマのなかでは、聞いていられない、妹からの、ののしりか、続きます。
今の男性が、言うと、間違いなく、セクハラとして訴えられることを、女だと訴えられないと、わかって、チクリチクリといっているのをみて、その、苦しみが、わからないというのは、これは、完全に、そういう人をみくだしているんですね。
この妹の、ののしりは、嫉妬ですよ。
姉より、自分は先をいったという、優越感。
生まれたときから、姉と同じことをしたいのに、自分にはできないというところから、欲しいものを、手に入れるため、とてつもない怒りを発します。
その時に、どんな、対応をしていたかです。
おそらく、このドラマにでてくる、妹に対して、親は、子供の求めることを、なんでも叶えてあげようとしたのだと思います。
自分の順番がくるのを待たせるということができなかったのでしょう。
この姉は、妹を、優先されたのでしょう。
それが、親と子供の間でおこり、その精神に影響を与える親が、無知きわまりない、非道さを、それと認識してか、しらずか、はた目にはわからないような、空気感で、日常のなかでくりかえされていると、逃げ場のない家庭のなかにあって、その子供の自主性など、育つはずもないのです。
それなのに、なぜ、お姉さんは、自立しないのかしらというのは、
このドラマの6話目にでてくる、妹のように、そういうのを、
チクリチクリと、からかって、自分の優越感を満たしながら、自分の気持ちを満足させることを、小さいときから、やっているのです。
子供が、育つためには、自立してゆけるだけの、心理的力が、必要です。それを、与えられていないのに、自立するはずないのです。
何もなくて、こんなに、生命力が衰えることはありません。
ですが、誤解のないように、こういったことは、
何か問題のある普通の家庭で、おこるのです。
そういう、世代間連載が、存在します。
問題を家族間のなかの、だれか、ひとりに、あてがうことで、
個々人の問題から、そらそうという、スケープゴートーのような状態を、最初は意図していなくても発生させる空気があるものです。
健全であれば、こんなふうに、なりません。
そして、健全であれば、そこに、痛みがあれば、理解をしようと、するものです。
湊かなえ自身が毒親の犠牲者だという記事をどこかで読んだような気がする。間違いだったらすみません。でも、そうだとすると、この短編集は、彼女の感じていたものを吐き出した作品なのかと。ドラマは5と6話しか見ていませんが、どちらも主人公が、長年ジワジワと貯めてきた毒に気付かずうちに蝕まれていく様が手にとってわかるような演出になっていたと思います。
全然面白くなりませんな
面白くないよ
つまらない
凄い長文の感想の力量に感動しました!
…作品の内容はダメダメですね
自己犠牲からうまれる憎しみや愛なんだろうか。毒親が主役の話なんだろうかと気になった。
評価低いけど面白そうじゃないか…ただ1話完結は物足りなさそうだが。独特の歪んだ愛の世界なんだろうか。
過小評価、クオリティー高い
地上波の湊作品はどこか肩透かし感じてたけど
告白以来の衝撃を受けた
見た後で 原作(短編集)を読んだ。
湊さんのイヤミスは ドラマで見た方がいい。私は。
演者が達者なせいで 色んな立場で思うこと一杯あったわ。
ハッピーエンドじゃないと気に入らない視聴者を覗いて これは皆さんにおすすめの作品でした。民放じゃなくて残念~
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